2018年1月13日土曜日

役所は人生の縮図

母の戸籍から見えてきたこと

昨年亡くなった母の
銀行口座が凍結されているため、
その相続にあたって
銀行から指示された書類集めに
奔走しています。

昨日、母の本籍がある市役所に行き、
「生まれてから亡くなるまでの全ての戸籍謄本」
を申請しました。

生まれは他県でしたが、
本籍は同市にあったので
一括して取ることができました。

これが、一度でも他県に本籍を変えていた場合、
その地区の戸籍を取り寄せなければ
ならないようです。

もらってみたら、びっくり・・・

母(享年80歳)の全戸籍には、
母の父の祖母(母の曾祖母)まで
遡った記録が載っていました。
私の「ひいひいおばあちゃん」でしょうか・・・

戸籍法ができたのが明治5年(1872年)です。

古い手書きの戸籍には、
私の母の曾祖母は、文政元年生まれ
と書かれていました。
西暦だと1818年、今から200年前です。

江戸時代ですよ。
11代将軍徳川家斉の時代。

明治が1868年からですから、
その50年前になります。

西郷隆盛が1828年生まれですから、
母の曾祖母は西郷さんの
10歳年上になるわけです。

恐ろしいほど昔の戸籍を目の当たりにし、
よくもまあ、こんな古い記録が残してあり、
すぐさま取り出すことができる役所に
驚きました。

こんなファミリーヒストリーを
知る機会があったことを
あらためて貴重に思いました。

市役所を見渡すと、
いろいろな人が行きかっています。

住民票や印鑑証明、謄本などの
書類を取りに来る人。

出生届、死亡届、婚姻届け、
はたまた離婚届を出す人。

転入、転出届を出す人。

年金や健康保険や福祉の窓口など・・・

役所という所は、
人生で起こる多くの出来事に関わる
人生の縮図のような場所ですね。

お役所仕事とは言うけれど、
お役所がなければ
人生が回っていかない。

その人の存在証明できる場所でも
あるのですね。

これからも、
ファミリーヒストリーは
続いていくかと思いますが、
調べてみるのも面白いかもしれません。

存在すら知らなかった

200年前に生まれた
私の「ひいひいばあちゃん」の「とよ」さん。
生誕200年、メモリアルイヤーですね。(^^)/




     

      
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2018年1月8日月曜日

喪中の年末年始

喪中で迎えた正月

昨年、母が亡くなったので
現在喪中であり、
特にお祝い事や初詣もしない
な~んもないお正月でした。

喪中はがきは出したのですが、
何枚か年賀状が届きました。

多くの人が
パソコンで印刷してしまうので、
喪中はがきを出しても
忘れられてしまうようです。

弟のお嫁さんが、
「お年賀」
と書いたお菓子を持ってきて、
仏前に備えていましたが、
「お年賀」は常識に欠けるかも・・・

お嫁さんは、
義母の生前中、
介護もお見舞いも
ほとんどしてくれませんでした。

喪中なのに「お年賀」と
書いたお菓子を持って来られても
嬉しくはないです。
弟も気がつかないのかね~

相続に関係ないのに、
母の残した預金の相続には
すごく興味があるみたいで
顔を出しに来たようですが・・・

こちらは、
まだ父親の介護もしてますし、
ちょっとは手伝うという
感覚はないものでしょうか。

義父母の介護は法的には
しなくてもいいのですが、
心情的に少しはしなければと
思わないのでしょうか・・・

私は、義父母を
すでに見送っています。
2人ともまだ若かったので
自宅介護はなく入院でした。
入院中は病院に何度も通いました。

昔はお嫁さんが
介護の中心的な担い手でしたが、
法的に相続がないことや、
義父母の扶養義務は
法的には課せられていないため
全くしない人もいるのですね。

喪中のお宅を訪問する場合や、
新年の挨拶は、
松の内を過ぎてから
「寒中見舞い」として
行うのが礼儀だそうです。

話は変わりますが、
新年早々、
あの「燃える男」
星野仙一監督が亡くなられました。

娘さん2人に抱きかかえられて
旅立たれたとのことです。

野球界も少し寂しくなりましたね。




     

      
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