2018年1月29日月曜日

ペットとして生まれた運命

飼い猫が亡くなりました。


17歳のネコちゃん
実家のネコちゃんが
17歳5ヶ月で亡くなりました。
人間でいうと
80~90歳くらいの高齢猫です。

屋根裏で産み落とされ、
壁の裏側に落ちてきて泣いているのを
わざわざ壁を壊して
救出して育てたネコです。

そのままにしていたら
死んでいた子猫ですが、
17年以上も生きられたことは
本当に幸運でしょうね。

とてもきれいな顔をした三毛ネコでした。
写真も最近のものですから
おばあちゃんになっても
きれいな顔をしていました。

亡くなる直前まで
普通に食べおしっこもしていました。
前日に少し元気がなさそうでしたが、
翌朝、玄関近くに倒れて
亡くなっていました。

最近はペットの介護も大変だと
よく言われますが、
この子は、何の介護も必要なく、
潔く死んでいきました。

父がことのほか
可愛がっていたネコでした。

丁重に葬ってあげようと思い、
動物霊園もあるお寺さんで
お葬式をしました。
以前、うちのワンコもお願いした
お寺さんです。

750年前に建てられた
由緒あるお寺です。
「草や木に至るまで
すべての生き物はことごとく
仏となる種を頂いている。」
というお釈迦様の教えにそって、
全ての生き物を差別しないという信念で
動物霊園もされているようです。

住職が動物用の祭壇で
お経をあげてくれて、
焼香して、
お寺に焼き場があるので
その場でお骨にしてくれました。
お位牌まであるのですよ。
まるで人間のお葬式のミニ版。
(料金はそんなに高くないです。)

「そこまでするか~」
とのお声も聞こえてきそうですが、
ペットは家族と同じですので、
飼い主が満足すれば
それでいいのではないかと思います。

しかし、こんな幸運で
可愛がられて
丁重に葬られたペットなんて
ほんの一握りです。

野良猫たちは
暑さ寒さに耐え、
外でエサを求めて生きています。

犬たちは野良にもなれず
保護され殺処分されてしまいます。

ペットでも
外につながれている犬は
自由がなく可哀想に思います。

空を飛ぶ鳥たちは自由で
羨ましいですね。
鳥かごに入れられたら可哀想。

でも、ペットとしての存在が
本当に
その動物にとって幸せなのか・・・

それはわかりませんが、
少なくとも
ペットが
人間に癒しを与えてくれる点では
人間にとって価値があると
思っています。

ペットブームですが
飼えなくなったり
飽きられたりして、
棄てられていく犬や猫。

殺処分ゼロをかかげても
なかなかうまくいかないのが
現状のようです。

お星さまになった
全ての動物たちよ。
お空で
自由に飛び回っていてくださいね。



     

      
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2018年1月18日木曜日

在宅介護はとんでもなく大変

親の在宅介護から見えてきたこと
国策が介護者を追い詰める・・・

最近、
在宅介護を推奨するニュースが
頻繁に流れてきています。

さらには、
70歳からの年金受給も
推奨しようとする勢いです。

昨日も、
「親が認知症になる前に
・どのような介護を
・どこで
・誰にしてほしいか
を、事前に話あっておきましょう。」
という番組を放送していました。

嫁による在宅介護が
美談のように扱われていました。

私たちの親世代(80代くらい)は、
多くの高齢者が
「自分の家で死にたい」
「子供やお嫁さんに介護してもらいたい」
と言うでしょう。

反対に、在宅ではなく

老人ホームを希望する親であっても、
現実的に、多くの有料老人ホームは高額で、
入れるのはお金に余裕のある人です。
単身ならまだ大丈夫でも、
両親2人一緒の入居の場合は
かなりの料金になります。

特別養護老人ホーム
は要介護3以上が条件で、
入居待ちがかなり多いようです。
100人待ちなどザラでしょう。

そして、国は、要介護認定を
さらに厳しくしてきています。
かなり介護度が高くないと
特養には入れないのです。

ホームに入れたくても無理で、
仕方なく在宅介護を強いられる
子供世代(50代~)が多く存在します。

私の母親も例外なく
「家で死にたい」と強く主張し、
入院が必要な状態でも
強力に拒否しました。

父親はデーサービスには
行ってくれましたが、
ショートスティは拒否でした。
もう、8年間ほどおむつ状態ですので、
私ができる時は、
ずっと介護してきました。

本人が認知症でない限り、
本人の意思を無視して
老人ホームに入れることは
なかなかできませんでした。

で、結局、母が倒れて
寝たきりになってから半年間、
恐怖の在宅介護が始まりました。

遠距離なので仕事もできず、
介護にかかりきり。

医師や訪問看護師さん、
またヘルパーさんも来ましたが、
結局、私が実家に通う時間帯は、
おむつ替え、食事など
ほとんどのことをしなければならず、
とんでもなく大変でした。

寝たきりでも
排尿、排便はしますので
実際これが大変でした。
重い体を持ち上げ
おむつを替えます。
その際に、日に一度は
「陰洗」といって
陰部を洗って拭くのです。

常時おむつで認知症の父親も
同時のダブル介護でしたから、
夜も呼ばれて
寝られない日々が続き・・・

在宅介護でも
2人分となると
医療費、生活費(光熱費が特に)
介護費(ヘルパーやデーサービス・おむつ代等)、
年金なんてすぐに飛んでしまい
かなり持ち出しでした。

私も持病があるため
心身ともに限界の状態でした。

ある日、2人が同時に
便を漏らした時はキレましたね。

2人を刺して、
自分も死のうという衝動に
かられました。
抗不安剤を飲んで
何とか抑えましたが・・・




これからも
在宅介護が増えていくと思います。

国の財政難が
医療、介護に追い打ちをかけ、
また、介護士不足も言われる中、
なるべく家族に介護させたい
国の思惑が見えてきます。

介護離職、介護難民、
介護破産・・・

団塊世代が80代になる頃には、
とんでもない介護難の時代が
襲ってくるでしょう。

介護される側もだけど
介護する側も助けてほしいです。

認知症になる前に決めておいて、
「自らが苦痛なく死ねる自由」
いわゆる「安楽死」
決められるような
法律ができないかなぁ。

子供に迷惑をかける前に、
死にたい時に死ねる自由。
「ただし、苦痛なくね。」

認知症高齢者などの在宅介護という
とんでもなく大変なことを
国は平気で家族に押し付けようと
してきています。

そのくらい、国の財政も
切羽詰まってきているのでしょうね。

さあ、これから
親の介護が迫っている人、
よく考えてくださいね。

でも、
介護離職はおすすめできませんから。





     

      
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2018年1月13日土曜日

役所は人生の縮図

母の戸籍から見えてきたこと

昨年亡くなった母の
銀行口座が凍結されているため、
その相続にあたって
銀行から指示された書類集めに
奔走しています。

昨日、母の本籍がある市役所に行き、
「生まれてから亡くなるまでの全ての戸籍謄本」
を申請しました。

生まれは他県でしたが、
本籍は同市にあったので
一括して取ることができました。

これが、一度でも他県に本籍を変えていた場合、
その地区の戸籍を取り寄せなければ
ならないようです。

もらってみたら、びっくり・・・

母(享年80歳)の全戸籍には、
母の父の祖母(母の曾祖母)まで
遡った記録が載っていました。
私の「ひいひいおばあちゃん」でしょうか・・・

戸籍法ができたのが明治5年(1872年)です。

古い手書きの戸籍には、
私の母の曾祖母は、文政元年生まれ
と書かれていました。
西暦だと1818年、今から200年前です。

江戸時代ですよ。
11代将軍徳川家斉の時代。

明治が1868年からですから、
その50年前になります。

西郷隆盛が1828年生まれですから、
母の曾祖母は西郷さんの
10歳年上になるわけです。

恐ろしいほど昔の戸籍を目の当たりにし、
よくもまあ、こんな古い記録が残してあり、
すぐさま取り出すことができる役所に
驚きました。

こんなファミリーヒストリーを
知る機会があったことを
あらためて貴重に思いました。

市役所を見渡すと、
いろいろな人が行きかっています。

住民票や印鑑証明、謄本などの
書類を取りに来る人。

出生届、死亡届、婚姻届け、
はたまた離婚届を出す人。

転入、転出届を出す人。

年金や健康保険や福祉の窓口など・・・

役所という所は、
人生で起こる多くの出来事に関わる
人生の縮図のような場所ですね。

お役所仕事とは言うけれど、
お役所がなければ
人生が回っていかない。

その人の存在証明できる場所でも
あるのですね。

これからも、
ファミリーヒストリーは
続いていくかと思いますが、
調べてみるのも面白いかもしれません。

存在すら知らなかった

200年前に生まれた
私の「ひいひいばあちゃん」の「とよ」さん。
生誕200年、メモリアルイヤーですね。(^^)/




     

      
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2018年1月8日月曜日

喪中の年末年始

喪中で迎えた正月

昨年、母が亡くなったので
現在喪中であり、
特にお祝い事や初詣もしない
な~んもないお正月でした。

喪中はがきは出したのですが、
何枚か年賀状が届きました。

多くの人が
パソコンで印刷してしまうので、
喪中はがきを出しても
忘れられてしまうようです。

弟のお嫁さんが、
「お年賀」
と書いたお菓子を持ってきて、
仏前に備えていましたが、
「お年賀」は常識に欠けるかも・・・

お嫁さんは、
義母の生前中、
介護もお見舞いも
ほとんどしてくれませんでした。

喪中なのに「お年賀」と
書いたお菓子を持って来られても
嬉しくはないです。
弟も気がつかないのかね~

相続に関係ないのに、
母の残した預金の相続には
すごく興味があるみたいで
顔を出しに来たようですが・・・

こちらは、
まだ父親の介護もしてますし、
ちょっとは手伝うという
感覚はないものでしょうか。

義父母の介護は法的には
しなくてもいいのですが、
心情的に少しはしなければと
思わないのでしょうか・・・

私は、義父母を
すでに見送っています。
2人ともまだ若かったので
自宅介護はなく入院でした。
入院中は病院に何度も通いました。

昔はお嫁さんが
介護の中心的な担い手でしたが、
法的に相続がないことや、
義父母の扶養義務は
法的には課せられていないため
全くしない人もいるのですね。

喪中のお宅を訪問する場合や、
新年の挨拶は、
松の内を過ぎてから
「寒中見舞い」として
行うのが礼儀だそうです。

話は変わりますが、
新年早々、
あの「燃える男」
星野仙一監督が亡くなられました。

娘さん2人に抱きかかえられて
旅立たれたとのことです。

野球界も少し寂しくなりましたね。




     

      
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